東京大学薬学部教授・池谷裕二氏の著書『夢を叶えるために脳はある』(講談社)について、特に興味深く感じた点を中心にまとめておきたいと思います。

池谷教授の著作はいつも非常にわかりやすく、内容も精緻で正確だと感じており、私自身、たびたび参考にさせていただいています。

今回の一冊にも、脳に関する貴重な知見が数多く盛り込まれていました。学んだことを記憶にとどめるためにも、ここに要点を記しておきます。

1-13 神経細胞は「発火」する

本書では、神経細胞が活動する様子を視覚的にイメージできるような工夫がなされており、特に印象に残る場面がありました。QRコードを読み取ることで動画を視聴できるのですが、これはぜひ一度ご覧になる価値があります。関連する箇所には、次のような説明が添えられています。

「まず、この映像を見てほしい1。脳の活動だ。神経細胞の集合体である脳。その活動は、こんな感じになっている。・・・この映像は、大脳皮質の神経細胞が活動する様子を、ピカッと煌(きら)めく光で表現している。脳の発火を、モニター上のピカピカで代替している。」

「もちろん脳の中で本当に『発火』しているわけではないよ。火花は飛んでいない。あくまでも神経活動は電気信号だ。電気は目には見えない。だから人の目に見えるように、カラフルな色に代えて、あたかも発火しているように表示しているんだ。」

「1回光る時間は1ミリ秒。つまり、1000分の1秒。ほんの一瞬だ。これは実際の脳そのものではなく、コンピュータ・シミュレーションで再現したもの。」

1-14 1000分の1秒で1万人に伝える

シナプスが発火する様子についても本書で知ることができ、とても興味深かったため、ここでも紹介しておきたいと思います。こうした発火が脳内で絶えず行われていると考えると、あらためて不思議な気持ちになります。

「神経細胞には『細胞体』と『繊維』がある(図 1-2〔A〕)。細胞体は、丸い風船のように膜に包まれた袋みたいなものだ。神経細胞では、その袋から糸のような線維が出ている。線維は神経細胞同士をつなぐ配線の役割をしている。入力用の繊維と出力用の繊維がある。上流の神経細胞が発火したら、入力用の繊維に信号が届けられる。そして信号が届くと、入力用の繊維は、それを電気へと変換する。

「写真(図 1-2〔B〕)をよく見て。ここには神経細胞が2つ写っているね。線維の一部を拡大したものが、右上の写真だ。プツプツと突起が生えているのがわかる? ・・・この粒の正体は『シナプス』だ。このシナプスを通じて、ほかの神経細胞と信号のやり取りをしている。」

「神経細胞1個あたり、平均すると1万、あるいはそれ以上のシナプスを持っている。つまり、一つ一つの神経細胞が1万以上の相手から入力を受け、自分もまた1万の相手に出力する。これはすごいことだよね。・・・それをわずか1000分の1秒でやってのける。スゴすぎる。そんな神経細胞が、脳のはおそらく860億個くらいある。シナプスの数になると、その1万倍だから、なんと約1000兆個だね。想像しただけでクラクラする。」

「次の映像を見てほしい。脳の一部を拡大して、シミュレーションしたものだ。丸く膨らんで見えるのが、神経細胞の『細胞体』。そこから無数の細長い線維が出ている。この映像にはいくつ細胞があるのかな。たぶん数百はあると思う。脳の中で個々の神経細胞はこんなふうに発火している。こんなものが自分の頭の中にぎっしり詰まっているなんて、見ているだけで不思議な気分になってくるよね。」

1-45 見えているものは、再編成された「世界」なのに

次の箇所では、「見る」という行為に関する非常に興味深い実験が紹介されています。この実験からわかるのは、単に目で物をとらえるだけでは「見える」ようにはならないということです。実際には、身体を使った運動経験がなければ、視覚が成立しないというのです。

以下の引用にあるように、そのことを示す実験として、生後すぐのサルを用いた研究が紹介されていました。

「サルの頭部を固定して動かせないようにするという実験がある。しかも、生後直後から固定する。ただし、食事も与えるし、水もジュースも飲ませる。だから、身体に支障なく育っていく。でも、このサルは動いたことがない。」

「サルが成長して大人になってから、しばりを解いて、部屋に放してみる。さて、なにが起こるか。なんと、このサルは目が見えない。」

「目はある。眼球のレンズや網膜には機能的に問題はない。神経活動を記録すれば、たしかに外界からの光を網膜が受け取っているし、視神経を介して大脳皮質の視覚野も光に反応をしている。光はピピピッという電気信号に変換され、脳にしっかりと届いている。ここまでは、ほかのサルと同じだ。ところが見えない。」

この実験が示しているのは、「見る」という行為が、ただ光を受け取るだけの受動的な反応ではなく、能動的な身体の経験を通してはじめて成立するということです。著者はさらに、こんなたとえを出して説明しています。

「なぜだろう。答えはね、身体を使った運動経験が『見え』をつくるということだ。この意味はわかるかな? 例をあげよう。」

「いま僕が手にしているのは、ペンだ。これを見ながら、自分の顔に近づければ、ペンは大きく見える。ペンを遠ざけると、今度は小さく見える。同じ長さのペンなのに、網膜上の投影されると、距離によってサイズが変わる。ペンを左右に動かせば、映写される位置もずれる。つまり、像のサイズや位置が変われば、網膜で活性化される神経細胞は、すっかり別のものに変わる。網膜上の異なる位置にある神経細胞が活性化されるからね。当然ながら、網膜から脳に届けられるピピピ信号も異なったものになる。もとは同じペンだったのに、異なったピピピ信号として脳に届く。」

「でも、僕の脳はこのピピピ信号を、同一のペンとして読み解いている。ピピピ信号の物理的なパターンはまったく異なるのに、同じ実体だと読み解いている。ペンを、網膜センサの表面のどこで捉えても、それを『ペンだ』と認知できる。同一性の認知は相当に高度なことだ。」

つまり、脳は、物体の距離や位置によって変化する信号の違いを、過去の身体的経験に照らし合わせて解釈し、「同じもの」として認識しているのです。ここで重要なのは、この「解釈」が単なる視覚刺激ではなく、「動いた経験」によって学習されるという点です。

著者は続けて、こうも述べています。

「先のサルの実験は、こういう複雑な視覚情報の解読は、手足を動かしたり、空間を移動したりといった『経験』がないとできるようにならない、といっているわけだ。」

「『見る』とは、自身の経験によって得た記憶に依拠しているんだ。同じ物体でも、網膜に映った生の像では、位置や大きさ、動きなどの情報が自在に変化する。そういう可変性と不変性を、幼いころから経験しているからこそ、僕らはものが見える。『見る』という行為は、普段は何気なくやっているけれど、とんでもなく高度な逆算のうえに成立している。この逆算は、経験、つまり、とことん『記憶』に依っている。過去の記憶があって、はじめて『見え』という認知が成立する。」

さらに著者は、「見える」という言葉から私たちが受ける受動的な印象とは裏腹に、視覚とは脳のきわめて能動的な働きであり、記憶や経験がなければ機能しないと強調します。

「網膜に光が反応しさえすれば、もうそれで、ものが見えるわけではない。・・・実際には、網膜からやってきたピピピ信号を能動的に『読み解く』というプロセスを経なければ、『見る』ことができない。そして、読み解くためには、『自分がどう移動したら見え方がどう変化するか』という主体的な関連付けが必須だ。この関連付けは、空間移動という一連の経験が基盤になっている。」

この一連の議論は、視覚とは単なる感覚ではなく、身体を通じて世界を「体験する」ことで初めて得られる能力であることを、非常に説得力をもって教えてくれます。見えるという現象の背後には、膨大な記憶と学習の積み重ねがあり、それこそが「視覚」の本質なのだという主張は、とても深く考えさせられるものでした。

1-46 身体を使った経験がないと「見える」ようにならない

上先ほどのサルの実験をさらに発展させたものとして、本書では「ネコのゴンドラ実験」が紹介されています。この実験からは、単に空間を移動するだけでは「見える」ようにはならず、自分の意志で能動的に動くことが必要であることがわかります。受動的な経験では視覚は成立せず、積極的な行動を通じてはじめて「見る」という能力が形成されるという重要な示唆を与えてくれる実験です。以下に、その内容が詳しく説明されています。

「この研究をさらに発展させた実験がある。先のサルの実験を聞いて、「空間を移動しさえすれば見えるのか」と疑問に思った人はいるかな。次の紹介する実験は、この疑問について調べたものだ。『ネコのゴンドラ実験』という、脳研究の分野では有名な実験だ3。」

「垂直に立てられた支柱の上部から、両サイドに向かって水平棒が出ている。それぞれの竿(さお)の先端からは、縦に棒が出ていて、ネコがつながれている(図 1-17 )。片側に1匹ずつ、合計2匹。片方のネコは床に足がついていて、もう片方はカゴに乗せられている。このカゴが「ゴンドラ実験」という名前の由来だ。」

「このネコの実験でも、先のサルの実験と同じで、幼若期からこの状態で飼育されている。この実験のおもしろいところは、床に足がついたネコだけが自分の足で歩いて、支柱軸の周囲を円を描いて動き回ることができる。カゴに乗ったネコは自分では歩くことができない。でも、相手が歩けば、水平棒の支柱が回転するので、相手のネコと同じだけ動くことになる。自分の足では歩くことはできないけれど、同じぶんだけ空間を移動することはできる。いいかな? 視野経験の豊かさで2匹のネコは同じだ。連動して空間移動するから、視野の動きの程度に差はないよね。」

「でも、カゴに乗ったままのネコは、一向に目が『見える』ようにはならないんだ。自分の足で歩き回ったネコは、もちろん普通にものが見える。」

「これでわかったかな? 空間を移動するだけではダメなんだ。自分で動き回らない限り、『見え』が生まれない。積極的な行動が要る。自分の足で1歩、2歩と前へ進む。近づいてみたら、遠くの物体が大きく見えるようになった。なるほど、近づくと大きく見えるのか。そんな見えの変化の経験を、自分の身体を使って味わわないとダメなんだ。受動的に変わる風景を眺めているだけでは不十分。」

「目はものを見るために発達したと思っていたかもしれない。たいかにそういう側面はあるけれど、目さえあれば、ものが見えるようになるわけではない。網膜からあがってくるピピピ信号を、自分の身体の経験を通じて、手間暇をかけて吟味しながら、光情報の解釈の仕方を学習しなければ、『見える』ようにならない。じっくりと時間をかけた自発的な経験が必要なんだ。」

この実験は、単なる視覚刺激の受け取りだけではなく、身体を使った自発的な行動経験こそが「見る」能力を育てるという重要な示唆を与えてくれます。動くことで、初めて世界の見え方を学び、認知が深まるのです

1-47 新たな能力の獲得はむずかしく、獲得した能力を失うこともまたむずかしい

この視覚に関する原理は、人間にも同じように当てはまるといいます。そして、ある一定の期間━━いわゆる「感受性期」━━に視覚経験を得られなければ、その後いくら目が機能していても、一生「見える」ようにはならないのだそうです。これは非常に重要なポイントだと思います。

以下のような説明がなされています。

「これは赤ちゃんも同じだ。赤ちゃんは、生まれたその日から目は機能している。光を感じている。しかし、自分の力で身体を移動させることができない。寝返りやハイハイができないうちは、経験不足だから、見えるにしても、視覚の認知機能としては不十分だ。・・・

━━固定から解放されたサルって、最初は見えなくても、その後、自分で動くから、後天的に見えるようになったりはしないんですか?

いい質問だ。答えは、ほぼできない。感受性期というものがあってね、発達の過程の、ある一定の期間に視覚経験をしなければ、一生見えない。・・・

━━じゃあ、逆に、視覚を失うことはあるんですか。たとえば、いまから僕の身体がまったく動かなくなるとする。それで、見えなくなることはない?

大丈夫だよ。感受性期を過ぎると、新たな能力を獲得するのがむずかしくなるだけではなくて、一度獲得した能力を失うこともまたむずかしいんだ。・・・

僕が一貫してなにを言いたいか、わかってくれたと思う。すべては記憶なんだ。経験と記憶は、ここでは同義として用いている。記憶の蓄積が経験。この世界を「いま僕らが感じている」ように脳内で認識できているのは、生まれてこのかた、何年もかけてじっくりと感覚器から脳の上がってくるピピピ信号を味わってきた経験があるから。そうした過去の記憶に準拠しながら物事を感じている。いま生き生きと感じているこの世界は、過去の自分から派生したものだ。だから、人間の成長とは、経験値を獲得し、世界を世界として意味のあるように感じ取っていく解釈史。そんなプロセスだと言える。」

こうした話は、スマートフォンを通じて膨大な情報を得られる現代において、改めて大切にすべき視点だと思われます。単に情報を受動的に消費するだけでなく、実際に自分の身体で行動し、体験を重ねることが、人間としての感覚や認知を育てるうえでいかに重要かを再認識させてくれます。

池谷教授はこの本の中で、こうした視覚や認知の話題にとどまらず、さまざまに刺激的なテーマにも言及しています。たとえば、効果的な学習法として「困難学習」「地形学習」「交互学習」という3つの方法が紹介されており、大学受験などにも活かせる内容となっています。簡単に言えば、「苦労して覚えたことのほうが、記憶に残る」というわけです。

さらに、人工知能の仕組みやディープラーニングの原理、AIと創造性の関係、さらには「脳はなぜ存在しているのか」「『私』とは何か」といった、非常に深いテーマにも踏み込んでいます。

ここではほんの一部しか紹介できませんでしたが、少しでも興味を持たれた方は、ぜひ本書を手に取って、じっくりと全体を読んでみてください。きっと、多くの発見と気づきが得られるはずです。

本書における参考文献 (一部)

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