教育を考える上で、人間の「意識」とは何かを見つめ直すことは極めて重要です。なぜなら、私たちが学ぶという行為そのものが、「意識」が成長し、変容していく過程に他ならないからです。しかし、そうして築き上げた意識が、死とともに消滅してしまうとしたら、それはあまりに空しい━━そう感じる方も多いのではないでしょうか。

今回は、このような問いに真っ向から挑む研究者、東京大学大学院工学系研究科准教授・渡辺正峰氏による著書『意識の脳科学』(講談社現代新書)をご紹介します。意識の本質に迫りつつ、未来の科学が切り開く「デジタル不老不死」の可能性についても論じられた本書は、教育や哲学に関心のある方にとっても非常に刺激的な一冊です。

「死を超える意識」は実現できるのか?

本書の冒頭、渡辺氏は問いかけます━━「死は怖くないか?」。その恐怖の本質は、「無に帰すること」にあるとしたうえで、こう述べています。

「今のわたしたちには一縷(いちる)の望みがある。死なずにすむのではないかと、心のどこかで本気で信じている自分がいる。何を隠そう、『意識の解明』と『不老不死の実現』の一石二鳥の妙案を思いついたからだ。」

ここに、本書の根底を流れる問題意識と研究目的が示されています。

「意識のアップロード」の構想

渡辺氏が提唱するのは、死を介さずに意識を機械に「アップロード」するという構想です。その鍵を握るのが、分離脳と片半球喪失の症例です。

「分離脳からわかることは、左右の脳半球を連絡する神経線維束が離断されることで、頭蓋のなかの1つの意識が、2つの意識に分裂することだ。また、時間を逆再生するならば、左右の脳半球に独立に宿りうる2つの意識が、左右の脳半球を連絡する神経線維束によって、1つに統合されることがわかる。」

この知見をもとに、以下のようなステップで意識のアップロードを実現しようとします。

「①左右の生体脳半球の分離(新型BMIの挿入)
②生体脳半球と機械半球のあいだの意識の統合
③生体脳半球から機械半球への記憶の転送
④生体脳半球の消失
⑤左右の機械半球の接合」

これにより、生体脳から機械脳へと意識が “シームレス” に移行し、永続的に生き続けるという未来像が描かれています。

実現の鍵となる「新型ブレイン・マシン・インターフェース」

この意識の統合と記憶転送を支える技術として、渡辺氏はまったく新しい形式のBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)を提案します。神経束に直接介入し、高密度電極アレイによって神経線維に「読み書き」するというものです。

「高密度2次元電極アレイとは、CMOS(Complementary Metar-Oxide-Semiconductor:相捕型MOS)などの集積回路技術によって、基盤の目のように細かく電極を並べたものだ。それをきれいに切断した神経束断面に押し当てることで、各々の神経線維に対して直接的に情報を読み書きするかたちとなる(下の図 b )。」

もちろん、神経を切断するという発想にはリスクが伴います。それだけに、切断された神経を安全に修復・再接続する技術が確立されなければ、この方法の実現は難しいでしょう。

意識とは何か? 哲学から科学へ

本書の後半では、「意識とは何か」という哲学的テーマにも踏み込んでいきます。渡辺氏は、哲学者トマス・ネーゲルの定義「意識とは “そのものになってこそ味わえる感覚(What it’s like)” 」を採用し、その前提のもとで「なぜ脳に意識が宿るのか?」という難題に挑みます。

「なぜに脳に意識が宿るのかを問うても意味がない。たまたま、『意識の自然則』をレパートリーの1つに備えた宇宙に、わたしたちが存在しているに過ぎない。」

ここで引き合いに出されるのが、アーサー・エディントンによる相対性理論の実証です。物理法則と同様に、「意識の自然則」もまた問い得ぬ前提として立てるしかない━━人間原理的な発想が見てとれます。すなわち、「たまたまそういう宇宙に私たちが存在しているにすぎない」という考え方です。

疑問と倫理的課題

この構想には、当然ながらさまざまな疑問がつきまといます。

  • 記憶は「思い出すだけ」で本当に転送されるのか?
  • 脳を生きたまま分離しても、半球は維持されるのか?
  • 意識は本当に「シームレス」に移行するのか?

さらに、脳機能を技術で制御するという試みには、深刻な倫理的問題も含まれます。もし悪意ある人物がこの技術を利用したならば、人の「意識」そのものを操作する未来も想定されます。したがって、科学者だけでなく、社会全体での議論が不可欠です。

「永遠に生きる」ことの是非

本書の最終章では、「20年後のデジタル不老不死」が語られます。しかし、これは単なる技術の問題ではありません。もし死が回避され、「意識」が永続する社会が実現したとき、それは人類にとって幸福な未来なのでしょうか?

新たな命よりも「長老」があふれる社会、生命の新陳代謝が止まった世界━━そうした事態が本当に望ましいのかどうか、問い直す必要があるでしょう。


おわりに

本書で渡辺氏が提案する構想には、疑問も反発もあるでしょう。しかし同時に、最大の難問とされる「意識とは何か?」に正面から挑んだその姿勢は、深い示唆と議論の契機を与えてくれます。

本記事では一部しかご紹介できませんでした。関心をもたれた方は、ぜひ『意識の脳科学』を手に取って、未来の意識と人間のあり方について、じっくり考えてみてはいかがでしょうか。

疑問点は多々ありますし、かなりチャレンジングな研究内容ですが、このような様々な挑戦によって、最大の難問と言われている「意識とは何か?」について今後解明が進んでいくことが望まれます。