
本書は、デューク大学教授ダン・アリエリーがサンフランシスコで若手起業家を対象に行った全6回の集中講義を、NHK・Eテレの番組として放送した内容を書籍化したものです。行動経済学の基本的な考え方を、興味深い実験や体験談を通してわかりやすく紹介しています。
「意思決定は “合理的” か?━━ “デフォルト” の力
本書では、初期設定、いわゆる「デフォルト(defaults)」が私たちの意思決定にいかに大きな影響を及ぼすかが取り上げられています。たとえば臓器提供プログラムの申請書の書式において、最初からチェックが入っているかどうかによって、同意率が大きく変わるという実例が紹介されます。
これは日常でも見られる現象です。たとえば、日本の最高裁判所裁判官の国民審査も、あえて「×」をつけなければ信任とみなされる仕組みです。多くの人はわざわざ考えてチェックを入れることを避け、そのまま提出してしまう。まさに、デフォルトの威力が発揮される場面です。
「こうしてあなたも人に流される」━━ “ソーシャル・プルーフ” の罠
次に紹介されるのが「ソーシャル・プルーフ(social proof)」━━つまり、「他の人がやっているから自分も正しい」と思い込む心理です。
引用されたエピソードでは、深夜のテレビ通販で健康器具を販売していたトニー・リトルが登場します。ある日、コリーン・ゾットが彼にアドバイスをしました。
「オペレーターがお待ちしています。お電話ください」ではなく、「電話がつながらない時はおかけ直しください」にしましょう。
この変更によって、「たくさんの人が電話をかけている=人気がある商品」と視聴者に思わせることができたのです。たとえつながらなくても、他人が行動しているという事実に背中を押されて人は動く。これがソーシャル・プルーフの力です。
この心理は、ネットで評価の高いレストランを選ぶ、YouTubeやテレビで有名人が語った意見に自然と同調してしまう━━そんな日常のあらゆる場面にも影響しています。「有名人が言うから正しい」「 “いいね” が多いから正しい」━━それは本当に自分の判断でしょうか?
「薬が飲みたくなる“代替報酬”とは?」━━ “損失回避” の法則
「損失回避(loss aversion)」━━私たちは「得る喜び」よりも「失う痛み」に強く反応します。この法則が明らかになるエピソードも紹介されています。
「被験者に1日3ドル払って、時間どおりに薬を飲ませようとした。毎日3ドルだ。薬を飲めば3ドルもらえるが、どうなったと思う? 特に効果は見られなかった。」
報酬を「得る」形では効果がなかったため、アリエリーたちは「損したくない」「後悔したくない」という気持ちを刺激する方法に切り替えました。参加者全員に宝くじを渡し、当選したにもかかわらず薬を飲まなかった人には「残念ながらお金は渡せません」と伝える━━この “後悔” の演出が劇的な効果を生み、薬をきちんと飲む人が98%にまで増加したのです。
私たちの日常にも、この “損失回避” は頻繁に現れます。たとえば、有効期限間近のポイントを「もったいない」と思って、わざわざ遠くの店まで出かけて使った経験はありませんか? 私自身も東急ハンズのポイントで、つい似たような行動をとってしまいました。
また、最近流行の投資に関しても、「周りがもうけているのに、自分だけ取り残されるのは損だ」という感情から始める人も少なくないでしょう。私も、友人がNISAや株で利益を上げたと聞くと、気にならずにはいられません。
本書から得られる教訓
本書を通して、私たちには以下のような傾向があることが改めて示されます。
- 他人に同調しやすい(ソーシャル・プルーフ)
- 損を避けようとする傾向が強い(損失回避)
- 初期設定に従いがち(デフォルトの影響)
こうした心理的傾向は誰にでもあります。だからこそ、それに気づいたうえで、自分の行動を冷静に見直すことが大切です。私自身も、マスコミやSNSの情報を鵜呑みにしないように気をつけたいですし、損得だけを基準に物事を判断するのを避けたいと考えています。
最後に
ここでご紹介できたのは、本書の一部にすぎません。行動経済学に関心のある方は、ぜひ実際に手に取ってじっくり読んでみてください。入門書として非常に優れており、これをきっかけにアリエリー教授の他の著作にもぜひ触れていきたいと思っています。