かつて私が在韓国日本国大使館に勤務していたころ、留学生交流の業務を担当していました。韓国各地で留学説明会を開催し、日本留学を希望する学生たちに情報を提供する一方で、国費留学生の選抜も大きな仕事のひとつでした。日本と韓国の若者を結ぶこの仕事には、大きなやりがいを感じていました。

そんなある日、上司であるM公使から、韓国で懇意にしているK氏を日本の某国立大学(T大学)の研究生として受け入れられないか、という相談を受けました。K氏は金大中氏に近い人物で、韓国でも一定の影響力を持つ実力者でした。私も、彼のような人物が日本で研究できることは、日韓関係の将来的な発展にとって有益だと考えました。

私は早速、T大学の留学生担当課長に連絡をとり、事情を説明したうえで、なんとか研究生として受け入れてもらえないかと相談しました。担当課長は非常に協力的で、手続きは順調に進み、受け入れが実現しそうなところまで漕ぎつけました。

ところが、最後の段階で思わぬ事態が起こりました。韓国の領事館の関係者がT大学の担当者に「K氏は政治犯だった」と伝えてしまったのです。その知らせを受けて、T大学のK部長(上記留学生担当課長の上司)から私のもとに慌てた様子で電話がかかってきました。

「どうしてそんな人物を研究生として受け入れようとしたのですか」

私は、「政治犯であっても、研究生として受け入れる上で問題はないはずです」と説明しました。しかし、まったく納得してもらえませんでした。K部長は、「すでに上司のH事務局長にも相談し、受け入れは拒否することで了解を得た」と言い切りました。

ところで、出入国管理及び難民認定法では次のように定められています。

(上陸の拒否)
第五条 次の各号のいずれかに該当する外国人は、本邦に上陸することができない。
(略)
四 日本国又は日本国以外の国の法令に違反して、一年以上の拘禁刑又はこれに相当する刑に処せられたことのある者。
ただし、政治犯罪により刑に処せられた者は、この限りでない。

このように、政治犯であっても日本への入国は可能であり、法律上、排除される理由はありません。

しかし、T大学の関係者は「トラブルに巻き込まれたくない」という、いわば “事なかれ主義” の立場をとりました。その結果、教育的にも研究的にも意義あるはずの機会をみすみす逃してしまいました。もし受け入れていれば、日韓両国の相互理解がさらに深まり、将来的な国益にもつながったのではないかと思います。

最終的に、私の上司のM公使が奔走してくださり、K氏は東京の某私立大学(K大学)のO教授のもとで研究生として受け入れられることになりました。胸をなでおろす一方で、私は深い複雑な思いを抱かずにはいられませんでした。

この出来事を通じて痛感したのは、国際交流や留学生受け入れの現場には、単なる制度運用以上に、広い視野と柔軟な判断力が求められるということです。リスクを避けることだけに終始すれば、真に意義ある交流の芽は容易に摘み取られてしまいます。国際交流に携わる者こそ、法的知識とともに、政治や歴史の文脈を理解する感性、そして人間的な勇気を持ってほしい━━あの苦い経験を思い出すたびに、今もそう感じています。