この2月、手術のために入院しました。
前回の入院では「前に進むことの大切さ」に気づかされましたが、今回はまた別のことを考えさせられました。

━━お金があれば幸せになれる、というわけではない。

そんな当たり前のことを、あらためて実感したのです。

手術後、当然ながら傷口は痛みます。
痛み止めを入れていても、やはり痛いものは痛いのです。

隣のベッドには、70代くらいの男性がいました。
クリニックの近くに三階建ての豪邸があるそうで、子どもたちが頻繁に見舞いに来ていました。どうやら会社の社長さんのようで、関係者らしき人の出入りもありました。

経済的にも社会的にも、恵まれた立場にある方のように見えました。

しかし━━

手術室から戻ってきたその夜、彼は「痛い、痛い」と叫び続けていました。

大部屋には4人の患者がいましたが、そこまで声を上げる人は他にいません。看護師さんが「手術をしたのだから痛いのですよ」と説明しても、背中の傷に貼られたテープをはがそうとするほど、取り乱していました。

「そんなことをすると危ないですよ」となだめられても、しばらくするとまた、

「誰かいないのか、痛い、痛い」

と叫び声が響きます。

確かに、痛みはつらい。
私自身も経験しているから分かります。

けれども、その光景を見ながら、私はこう思いました。

この痛みは、どんなにお金があっても、
どんなに立派な家に住んでいても、
どんなに社会的地位があっても、
誰にも代わってもらえないのだ、と。

痛みは、驚くほど平等です。

お金は便利です。
生活を豊かにし、多くの選択肢を与えてくれます。

しかし、痛みそのものを引き受けるのは、結局その人自身です。
その事実の前では、豪邸も肩書きも、ほとんど意味を持ちません。

幸せとは何だろうか。

お金があれば安心は増えるかもしれません。
けれども、それだけで人は幸せになれるわけではない。

病室で響く「痛い」という声を聞きながら、
私はそんなことを静かに考えていました。