大学の組織において、学長や理事長、人事担当役員、人事部長などは人事権を握っており、その力は絶大です。そのため、職員━━時には他の役員さえも━━こうした立場の人に対しては、なかなか自由に意見を言いにくくなることがあります。

だからこそ、特に理事長や学長といったトップ層は、「公平な人事」を強く意識する必要があります。人事や労務に長く携わってきた人ならば、その重みを理解していることが多いものです。しかし、人事権を一手に握る立場になると、誰も反対しなくなることで、つい親しい人ばかりを重用し、自分に異を唱える人を遠ざけてしまう、といった傾向が生まれることもあります。

また、そのような強大な人事権を持つ者の周囲には、どうしても “すり寄ってくる人” が現れます。実際に、理事長や学長に巧みに近づき、賞賛の言葉を重ねて信頼を勝ち取り、その見返りとしてポストを狙う━━そうした姿を、私はこれまで何度も見てきました。しかし、トップに立つ者こそ、そのような誘惑に流されず、公平で適材適所な人事を貫くことが求められるのです。

上司に気に入られることばかりを優先し、常に“上”だけを見て働く人もいます。自ら課題を見つけて取り組むのではなく、指示が下りるのを待って受け身で仕事をこなす。そういった姿勢が組織に蔓延すると、組織の活性化は望めません。

ある大学に、文部科学省から出向してきた財務担当の副学長A氏が着任しました。A氏は他の国立大学での経験も豊富で、大学経営に精通していました。学長が「私は人の意見をよく聞きます。学長室の扉はいつでも開かれています」とアピールしていたこともあり、A氏は信頼して、率直に意見を述べていました。「この方針については、こうしたやり方もあるのでは?」と建設的な提言を重ねていたのです。しかし、やがて学長にとって “煙たい存在” とみなされたのか、A氏はタイミングを見て異動となりました。

また、別の組織でも印象的な出来事がありました。理事長X氏がある有力者をアドバイザーに迎える人事案を進めていた際、その事実を知らなかった人事担当役員Y氏が、「関係者に事前説明を行った上で進めるべきではないでしょうか」と意見を述べました。X氏はその後、関係者への説明を行い、人事を進めましたが、間もなくY氏は人事担当を外され、次の年の3月末には別の部署に異動となってしまいました。「たとえ役員であっても、トップに意見をするとこうなるのか」と感じざるを得ない出来事でした。

企業においても同様の問題は起きています。2023年6月に提出された、株式会社ビッグモーターの不適切な保険金請求に関する調査報告書では、次のように記されています。

「強権的な降格処分の運用の下、従業員らが経営陣からの指示に盲従し、これを忖度する歪な企業風土が醸成されていたといわざるを得ない。そのような企業風土を背景として、・・・一連の不適切な保険金請求に及んでいたという側面があることは明らかである。」

これは単なる一企業の話ではありません。人事権の濫用が、組織全体を誤った方向に導き、やがて深刻な問題へとつながることを物語っています。私たちもまた、「自分の組織は本当に健全か?」と自問し、振り返る必要があります。

人事は、その人の人生を左右し、組織の未来を形づくる重要な決定です。一時の感情や個人的な好き嫌いで判断してはなりません。冷静に、そして全体の将来を見据えて人材を配置する━━それが健全な組織運営の出発点です。

もしそうした人事が行われなければ、組織の活力は失われ、人材が離れていく危険性もあります。人事とは「職務の配置」ではなく、「信頼の配置」なのだと、改めて胸に刻むべきではないでしょうか。