
これまで私は、大学で教員や職員の採用に関わる機会を何度も経験してきました。採用は一人で決めるのではなく、必ず委員会を設け、複数の視点で候補者を評価します。それでも、最終的な責任の重さは変わりません。そして、数は多くありませんが、結果として組織との相性が合わなかった人を採用してしまったこともあります。
あるとき、大学内でIR(Institutional Research)を担う中核人材として、URA(University Research Administrator)を採用することになりました。IRとは、大学に蓄積されたさまざまなデータをもとに、教育・研究活動を分析し、大学経営に活かしていく重要な取り組みです。
候補者の中で、A氏は統計の専門家であり、提出書類や推薦状の内容も他の候補者より優れており、面接でも受け答えが的確でした。慎重に選考を進めた結果、最終的にA氏を採用することにしました。
早く職務に慣れてもらうために、大学の基本的な仕組みや関連データを積極的に提供し、重要な学内会議の資料も共有しました。IR会議の議題設定や日程調整も、最初のうちは慣れないだろうと思い、私の方で対応してしまいました。しかし、それが後に大きな問題を生むことになります。
私は、A氏が大学の将来像を見据え、自ら課題を見つけ、データを駆使して分析・提言するような主体的な働きを期待していました。ところが実際には、A氏は受け身の姿勢を崩さず、大学経営に関わる業務よりも自身の研究に多くの時間を費やしていたのです。
こちらから「この教育課題について分析してみてはどうか」と提案し、必要なデータもそろえたうえでようやく動き出す━━そんな状態が続きました。私は何度か、「会議の企画や課題設定など、もっと自分から動いてほしい」と伝えましたが、A氏の姿勢はなかなか変わりませんでした。
そんな中、学長がA氏に業務状況をヒアリングする機会があり、私も同席しました。その場で私は、「今後は会議にも積極的に参加し、大学の将来を見据えて、データに基づく提案を行うようになってほしい」と率直に伝えました。
ところが、それ以降、A氏との関係は悪化していきました。私としては、応募要項に明記されていた業務内容を踏まえ、ごく当然のことを求めたつもりだったのですが、A氏にはその意図が伝わらなかったようです。
この経験から得た最大の教訓は、「採用後の最初の関わり方が極めて重要だ」ということです。採用の時点で、明確に「あなたの職務はこれであり、こういう役割を期待しています」と念を押しておくべきだったと痛感しました。
人材を採るということは、スキルの有無だけでなく、組織との相性や姿勢、仕事への向き合い方まで含めて判断しなければならない、非常に繊細なプロセスです。最初の段階で丁寧なすり合わせを怠ると、後々の信頼関係にも影響してしまう。そんなことを、改めて実感した出来事でした。