NHK「幸福学」白熱教室制作班が編集し、カナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学のエリザベス・ダン准教授(現・教授)と、アメリカ・ポートランド州立大学のロバート・ビスワス=ディーナー講師による『「幸せ」について知っておきたい5つのこと』(中経出版)を紹介します。

本書は、NHKで放送された「幸福学白熱教室」の内容をベースに再構成されたもので、以下のような章立てで展開されています。

第1章 幸福を見つける鍵
第2章 お金はあなたを幸せにしますか?
第3章 あなたと仕事と幸せの関係
第4章 挫折や逆境から立ち直るためには
第5章 幸せを導く人間関係とは
第6章 幸福になるための12の質問

「幸福は回復する」━━人生の転機と感情の波

第1章では、ダン博士が紹介するドイツでの大規模追跡調査が印象的です。数万人を対象に、人生の節目ごとの幸福度の変化を長期間にわたって調べたものです。たとえば、夫と死別した女性たちの幸福度は次のように推移します。

このグラフのもっとも深い谷は、配偶者を亡くした年を示しており、そのタイミングで幸福度が急落しています。しかし、その後約2年で、元の水準にまで回復しているのです。ダン博士はこう説明します。

「ここで見ているのはあくまで平均です。私たち研究者は、こうしたデータから幸福度は元に戻ると分析しているのです。」

この調査に続いて「結婚」に関する幸福度のデータも示されています。女性たちが新婚時には高い幸福を感じていたものの、2年後にはその効果が消えていることがわかります。

これについても、ダン博士は繰り返しこう述べます。

「断っておきますが、これもあくまで平均です。さまざまな女性たちの人生を平均的にならしたものだということを忘れないように。」

「グラフは人によって少しずつ違い、それぞれの曲線があるのです。」

そして彼女は続けます。

「このグラフを見れば、どんな出来事も我々の幸福に永久に影響を及ぼすことはないとわかります。」

「『幸福』とは、簡単に手に入ってずっと維持できるような小さな『幸運』とは違います。むしろ、もっともっと複雑なんです。たとえていえば、幸福を見つけることはケーキを作るようなもの。毎日、ゼロから始めなければなりません。」

この示唆は極めて重要です。大きな喜びも悲しみも、時とともにやがて薄れていき、私たちはその感情に慣れていく━━これは、日常をふり返れば誰しも納得できる現象でしょう。

「幸福のレシピ」━━3つの重要な材料

ダン博士は、幸福をケーキ作りにたとえ、次の3つの材料が不可欠だと述べています。

  1. 人との交わり(social)
  2. 親切(kind)
  3. ここにいること(present)

これらを、小麦・砂糖・卵にたとえて、それぞれの重要性を説いています。

1. 人との交わり

エド・ディーナー博士とマーティン・セリグマン博士の研究によると、幸福度が高い人々には共通点がありました。それは「人との結びつきが強い」ことです。家族や友人との関係が良好で、社会的に孤立していないことが幸福の鍵だったのです。

「普通の生活でほんの少しでも人と関わるだけで、私たちはより幸福を感じることができるのです。」

とダン博士。

2. 親切

ソニア・リュボミアスキー博士の実験では、学生たちに「週に1日だけ、5つの親切をすること」を実行させたところ、幸福感が向上しました。面白いことに、別の学生たちには「1日に1つだけ親切にすること」をやってもらったのですが、何の変化もなかったのです。

「親切は、なるべく多くの人に、そして一度にするほうがよいことがわかったのです。」

とダン博士は述べています。また、「親切」と並ぶものとして「感謝」があり、これは幸福感と非常に強い関連があると指摘されます。

3. ここにいること

「目の前のことに集中しているほうが、物思いにふけるよりも幸福を感じるのです。」

「楽しい物思いも『今、ここにいること』にはかなわないのです。」

とダン博士は言います。過去や未来に心がさまようのではなく、今の瞬間に意識を向けることこそが、深い幸福感を生み出すのです。

このように、ダン博士は「幸せになるためには、3つの重要な要素がある」と述べています。「人との交わり」「親切」「ここにいること」のそれぞれが充実していれば、たしかに「不幸」ではなく「幸福」に向かっていく感覚を覚える人は多いでしょう。

もっとも、ダン博士自身も認めているように、幸福の構成要素はこの3つだけに限定されるわけではありません。人それぞれが幸福を感じる要因は多様であり、一律に「こうすれば誰もが幸せになれる」と断言することはできません。それでも、共通項としてこの3つの要素を明らかにしたことは、幸福の仕組みを理解するうえで大きな前進であるといえるでしょう。

お金と幸福の関係

ダン博士は、「お金は幸せをもたらすか?」という誰もが抱く問いにも答えています。

米プリンストン大学の研究では、年収が75,000ドル(当時のレートで約750万円)を超えると、それ以上は幸福度があまり上がらないという結果が得られました。

この結果が示すのは、収入が一定水準に達したあとは、それ以上の金銭的追求が幸福に直結するとは限らないということです。

「お金の使い方」で幸福度は変わる

ダン博士は「幸せを感じやすいお金の使い方」として、次の3つの原則を提示します。

1. 経験を買う

物を買うと、比較や後悔が生まれやすい。しかし経験は唯一無二であり、思い出にも残りやすいと説きます。

「物質は簡単に比較できます。他人のパソコンのバッテリーのほうが長時間持続するとわかったら、自分が使っている機種を選んだことを後悔するでしょう。

一方、『経験』は比較できるものではありません。自分がバリ島で楽しんだサーフィンと、他の人のアフリカ旅行は、比べようがありませんよね。」

2. ご褒美化

次のような実験をしたそうです。2つのグループのどちらにも、チョコレートを食べてもらいました。それから1週間、1つのグループにはチョコレートを食べることを禁止し、もう1つのグループには、好きなだけ食べるように伝えました。そして、1週間後、再びチョコレートを食べてもらうと、チョコレートを1週間我慢した人の方が、再び食べたときに「楽しい」と感じる度合いが高かったという結果が得られました。

「短期間でも好物を我慢すれば、楽しみを感じる能力が一新されることを証明したものです。」

とダン博士は説明しています。

3. 他者への投資

「人のためにお金を使うと、幸福度は高まる」━━これは実験でも実証されています。自分のためにお金を使った学生よりも、他人のために使った学生の方が、より幸福を感じていたのです。

ビスワス=ディーナー博士の視点━━ポジティブ感情の進化的意義

本書では、ロバート・ビスワス=ディーナー博士による講義も収録されています。やや断定的な語り口ながら、示唆に富む内容がありました。

「『幸福』について興味深い点があります。ポジティブな感情は、人間が進化させた『本能』だとも考えられていることです。

基本的に人は、前向きな気分だったり、とても興奮していたり、満足していたりすると、より行動的・友好的で創造力が高くなります。その結果、技術が向上していき、他からのサポートが得られて、それらがさらに自分を高める、つまり『幸せになる』と考えられるのです。」

この視点は、「ポジティブであること」自体が人類にとって有利な特性であったことを示唆しています。

結びにかえて

ここで紹介したのは、本書の一部にすぎません。エリザベス・ダン博士とロバート・ビスワス=ディーナー博士による講義の中には、他にも幸福について深く考えるための材料が詰まっています。興味を持たれた方は、ぜひ実際に本書を手に取り、じっくり読んでみてください。