ソウル大学のキム・ナンド教授による『つらいから青春だ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、もともと韓国の大学生のために書かれた本ですが、その切実なメッセージと深い洞察力が世界中の読者に共感を呼び、各国で翻訳され広く読まれています。

韓国では、日本以上に熾烈な受験戦争が繰り広げられています。幼い頃から塾に通い、有名大学に進学するために必死で勉強する日々。特に、ソウル大学・高麗(コリョ)大学・延世(ヨンセ)大学の3校━━通称「SKY」━━に入学することが、若者の目標として強く意識されています。大学進学だけでなく、就職においても競争は激しく、サムスン、LG、ロッテなど限られた財閥系企業への入社を目指して、学生たちは「スペック」と呼ばれる学歴、資格、語学力、インターン経験などを次々と積み重ねねばならないというプレッシャーに晒されています。さらには、母親からの過剰な期待や愛情のかたちも加わり、精神的にも極めて過酷な状況に置かれているのです。

そんな厳しい現実の中で、キム・ナンド教授は、若者たちに向けて温かな眼差しと鋭い視点をもって、数々のメッセージを届けています。刊行から年月が経っていても、その言葉は色褪せることなく、今の日本の若者たちにとっても深い共感を呼ぶ内容です。

本書に登場するテーマの一部を紹介すると、次のようなものがあります。

  • 「きみの熱い思いにしたがえ」
  • 「きみという花が咲く季節」
  • 「あせって人生を安定にゆだねるな」
  • 「まだ財テクをはじめるな」
  • 「歩みを止めてふりかえる」
  • 「死ぬほどつらいきみの今日をうらやんでいる人もいる」
  • 「ひとりで遊ぶな」
  • 「忙しすぎて時間がないといういいわけについて」
  • 「奇跡はゆっくりと叶えられるものだ」
  • 「きみがくだした決定で人生をリードせよ」
  • 「20代、お金よりだいじなこと」
  • 「ともかく汽車に乗ってみろ」
  • 「キャンパスを去るきみへ」

どの言葉も、現代を生きる若者の背中をそっと押してくれるような力をもっています。とりわけ、私が心に残ったのは、以下の一節です。

「わたしたちの人生は仕事と余暇で成り立っている。仕事は職業と、余暇は消費と深い関係がある。そのため、ほんとうに幸せになるためには、良質の消費と楽しむのは半分にすぎず、楽しく働ける職業で残りの半分を満たさなければならない、ということに気づく必要がある。」

「また、幸せというのはとても相対的だ。たんに、どれだけたくさんもっているかではなく、人よりどれだけ多いかのほうがずっと重要なのだ。比較するときも、自分より他人の幸せを過大評価するきらいがある。自分がもっているものを過小評価し、他人がもっているものに焦点をあわせて判断することを「焦点化(focalism)」とよぶ。わたしたちはしばしばこれにおちいり、必要以上に自分を不幸だと決めつけて意気消沈する。」

この一節には、多くの人が感じている“漠然とした不安”の本質が、的確に表現されていると感じました。

近年、日本でも「幸福学」や「ウェルビーイング」が注目されています。たとえば、慶應義塾大学大学院の前野隆司教授は、「やってみよう因子」「ありがとう因子」「なんとかなる因子」「ありのままに因子」の4つを高めることで幸せにつながると提唱しています。しかし、これらの “内面の工夫” だけで幸せを語るのは、少し楽観的すぎるようにも思います。

たとえば、社会的な差別や不平等、低所得、障害者への教育・雇用の不備など、構造的な問題は個人の意識や努力だけでは解決できず、現実に苦しみを抱える人にとっては、「心の持ちよう」だけではどうにもならない場面も多くあります。

キム・ナンド教授は、「幸せの法則」のようなものを説いているわけではありません。しかし、冒頭のように「人生は仕事と余暇で成り立っている」と、人生全体を俯瞰した大きな視点から語っている点に、私は強い説得力を感じました。人生の多くを占める「仕事」に向き合うことが、豊かで安定した人生の土台になるというメッセージは、現代の若者にとって特に重要な示唆だと感じます。

また、「幸せはとても相対的なもの」という指摘も、心に響くものでした。前野教授も、他人と自分を比べることで嫉妬や劣等感が生まれ、結果として幸せから遠ざかると述べています。「上には上がいる」━━そう思ってしまえば、どれだけ手にしても心が満たされることはありません。だからこそ、キム教授が言うように「自分より他人の幸せを過大評価してしまう」傾向を知ること、そして自分自身をもっと認めてあげることが、幸せへの第一歩になるのではないでしょうか。

本書で紹介されているのはほんの一部にすぎません。もし少しでも心に響くものがあった方は、ぜひ本書を手に取って、じっくりとページをめくってみてください。きっと、自分自身の人生や幸せについて、改めて考えるきっかけになるはずです。