
2023年(令和5年)の夏、日本大学で発覚した薬物問題が大きな注目を集めました。林真理子理事長のもとで大学改革が進められていた矢先、同大学のアメリカンフットボール部で大麻所持の疑いが浮上したのです。
この疑惑が報道された8月2日、林理事長は記者団に対して次のように強く否定しました。
「一部のマスコミで報道されていますように、違法な薬物が見つかったとかいうことは一切ございません。」
(「大学側が寮から大麻を押収したことは?」)
「それは無いんですよ。だから、なんでそういうこと。関係者からってなってますけど、それはあり得ません。それはないです。それはありません。」(「大麻以外の薬物も含めてない?」)
「はい。それはちょっと今調査中なので言えないのですが、そこに違法な薬物は確認されていないと、私は聞いております。もし、もしですね、もしそこにあったということでしたら、皆様にお詫びして、ちゃんと申し上げなければないですけど。今のところは確認されておりません。」「経過を申し上げますと、父兄という方から手紙をいただいて、こういうことがあるんじゃないかということで、私どものほうで調査をはじめましたが、その手紙がいろんなマスコミの方ですとか、各方面に行きまして、私どものほうでも調査を始めているところでございます。」
「私も、なんとか学生を信じたいという気持ちでいっぱいでございますけれども、何かわかりましたら速やかに、みなさまに、ほんとう全く何の隠し立てもせずお話もいたします。」
こうした明快な否定が行われた一方で、すでに日大の職員が大麻とみられる物品を発見し、警察への情報提供も済ませていたことが後に判明します。翌8月3日には、アメフト部の寮が大麻取締法および覚醒剤取締法違反の疑いで捜索されました。林理事長は、大学内の状況を十分に把握しきれないまま、無防備にメディア対応をしてしまったように見えます。
この背景には、理事長を補佐すべき理事会メンバーや事務局の連携の弱さがあったのではないでしょうか。日大のホームページを見ると、常務理事には監事監査経験者、著名な医師、公認会計士協会の元副会長、日本学術会議の元副会長など、錚々たる人物が並びます。しかし多忙を極めていたためか、理事長と迅速に協議する時間的余裕がなかったのかもしれません。
こうした事態では、理事長を直接支える体制━━たとえば学長、副学長、幹部職員、さらには危機管理学部の知見も活用できるような支援体制が不可欠です。もしそのような体制が機能していなかったとすれば、理事長にはその仕組みを整備する責任があると言えるでしょう。
8月8日には林理事長、酒井学長、澤田副学長による記者会見が行われました。ここで明らかになったのは、「教学やスポーツの分野では学長がトップであり、理事長はその判断に従っている」という構図でした。しかし、たとえ教学やスポーツの領域であっても、重大な案件については理事長が指揮・監督に関与してよいのではないかと考えます。
林理事長自身も「スポーツに関しては遠慮があった」と語っていますが、今後はその遠慮を捨て、必要な場面では積極的にリーダーシップを発揮してほしいところです。副学長がかなりの裁量で対応を進めていたこともわかりましたが、薬物のような深刻な問題では、細かな動きも含めて理事長に即時報告されるべきです。
もっとも、単に「理事長に報告すればよい」という単純な構図では機能しません。林理事長は、「教学のことは学長に聞いて進めている」としており、学長や副学長からの報告をそのまま受け入れる傾向が見られます。私の経験では、こうした危機管理案件が浮上した場合、理事会で速やかに情報共有を行い、対応策を議論し、最終的には理事長が判断するという流れが適切です。
現在の日大理事会には、女性を含む多様なメンバーが揃っており、幅広い視点から議論ができる体制が整いつつあります。こうした会議体を活かし、従来のように一部の権力者が周囲の意見を聞かずに独断で進めるのではなく、集団的意思決定による危機対応を築いていくべきではないでしょうか。
最後に、薬物を所持していたとされるのは日大の学生だけではないにもかかわらず、なぜこれほどまでに日大の学生だけが報道されるのでしょうか。氏名や顔写真、その人柄までが取材され、連日報道される背景には、林理事長が著名人であることも影響しているのかもしれません。だとすれば、それは報道の公正性という点で、改めて問い直されるべき問題です。
本来、最大の焦点は、薬物の恐ろしさを学生に理解させ、断固として容認しないという大学全体の姿勢にあるべきです。マスコミ対応も重要ではありますが、それ以上に、学生の命と人生を守るための教育的・組織的対応が今、問われているのだと思います。