
2023年(令和5年)夏に放送されたNHK連続テレビ小説『らんまん』では、主人公の槙野万太郎が東京大学植物学教室の田邊彰久教授の怒りを買い、出入り禁止を言い渡される場面が描かれました。教授の名前を論文に記載しなかったことが原因で、これまで教室に出入りできていた万太郎は、厳しい断絶を突きつけられます。
以下は、その劇中の印象的なやりとりです。
田邊:「もともと、君が来る以前から、この教室には3000もの標本があった。全て、開学から5年の間、私が指揮して集めたものだ。多額の国費を費やし、世界各地から書籍を取り寄せたのも、私だ。コーネル大学の知識、コネクション。私でなければ、これだけの書籍を集めることはできなかった。それも全て、この東京大学に、植物学研究の礎を築くため。」
田邊:「君は、土足で入ってきた泥棒だよ。大学のものを買ってに使い、自分の本まで刊行したんだから。ほかに言いようがないだろう?」
槙野:「その、どういて、そこまで・・・? 私は、その、植物学を裏切っては・・・」
田邊:「この過ちこそが、裏切りだろう? 傲慢で不遜、手柄ばかりを主張する。世界に向けて、ほえたいんだろう。」「Here I am ! Makino is right here !」
槙野:「教授は、わしのこと、憎んでおられるがですか?」
田邊:「うぬぼれるな。憎む価値もない。」
槙野:「失礼は、その、全ておわびいたします。けんど、出入りを禁じられたら研究を続けることができません。ほんまに、ほんまに、申し訳ございません。」
田邊:「もういい。終わったんだよ。君には何度も忠告してきた。聞かなかったのは君なんだ。私の人生で、君に関わる時間は、終わった。」
田邊:「ああそうだ、Mr. Makino。忘れるなよ。君の土佐植物目録と標本500点を大学に寄贈しなさい。もともと、四国の標本がなかったから、出入りを許しただけだろう? 君は、この教室のものを使って、本まで出したんだから、清算しなければ。」
この場面はフィクションとして描かれていますが、モデルとなった植物学者・牧野富太郎が、東京大学の矢田部良吉教授から実際に出入り禁止を言い渡されたという史実に基づいています。
私はこれまで多くの大学教授と関わってきましたが、ほとんどの方は穏やかで、学問に誠実な方々でした。しかし、ごく一部には「教授」という立場に強い権威性を感じさせる人もいました。あるとき、高校生に学問の面白さを伝えるイベントを企画し、他の教授とともに準備を進めていました。ところが、講師の人選に対して、同じ研究科の専攻主任(教授)が突然やってきて、こう言ったのです。
「その人選は認められない。専攻主任の権限として、それは決して許可できない。その人を選ぶのであれば、私の許可を得るべきだった。」
そのときの厳しい表情と語気は、今でも忘れられません。
別のエピソードですが、私がある論文を研究紀要に掲載しようと、暑い夏の期間、原稿を練り続けていました。担当者や編集長と相談し、最終稿に近づいたころ、思いもよらない横やりが入りました。
「私に事前に一言も相談がなかった。この論文を掲載することは絶対に許可しません。」
その一言で、苦労して書いた原稿は、何年も発表の機会を失ったままとなりました。まさに『らんまん』の田邊教授を思わせるような出来事でした。
さらに、ある大学では、教授が自大学の学生を相手取って訴訟を起こしたこともありました。信じがたい話ですが、法学部の教授であったため、訴訟によって事実関係を明らかにしようとしたのかもしれません。ただ、大学という教育機関でそこまで争う必要があったのか、疑問が残る対応でした。